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戦うことを忘れた武装神姫 その41 係長という肩書きにより、取引先からいただく事が出来た高級ビールが、いくら探しても見当たらない。昨晩まで、たしかにこのテーブルの上にあったのに。 諦めて、麦茶にしようと冷蔵庫へ向かったそのときだった。 がたん、どす! 中身の入った飲料缶が落ちる音がした。 振り返ると、そこには小さなロボットがビールの缶に半ば押しつぶされるかのごとく倒れている。 「・・・ディーニャ・・・ お前、何してたんだ?」 マオチャオ型をベースに東杜田技研で試作されたMMS、type T-TAK「ディーニャ」。 白色に緑色のペイントが施された素体、髪はロングのアップポニー。アタマには大型のはんぺんネコミミを装着し、手にはにくきゅうグローブを装着しつつも、目と口元にはマオチャオの面影が色濃く残る。 ビールの缶をのけて、まだ目を廻しているディーニャを摘み上げた。 「起きろっつーの。 狸寝入りしてるのバレバレだぞ。」 ふにふにとネコミミを突付くと、くすぐったさを我慢できなくなったのだろう、もぞもぞと動き始め・・・ 「にゃ、や、やめるのだ! やめろー!!!」 手の中でジタバタと暴れるディーニャ。 摘んだまま顔の高さまで持ち上げ目線を合わせると、バツが悪そうに目を泳がせるディーニャ。 「さて、今何をしていたのか。 正直に言いなさい。」 眼力で迫ると、ディーニャはネコミミをふにゃりと垂らし、 「にゃは・・・びーる、のみたかったのだ・・・」 相変わらずの酒好きめ・・・。 「だから、びーるかくしてたの。こかげのだいじ。 あきかんと、いっしょにするとわからにゃいの。」 本来は、旅のお供のサポート神姫としての研究開発が進められていたディーニャ。 しかし、マオチャオ型をベースとしてしまった上、我侭に育った小型ロボットのAIを用いてしまったが故に。 妙なところで知恵の廻る、いまひとつ使えない旅サポート神姫となってしまったのだ。 かといって、ある程度は成果をあげているこのプロジェクト、ひとまずはディーニャの育成を進めてみることに・・・なったのである。 そして。 プロジェクトに関わっていながらも神姫を持っていなかった俺が、当面の教育係となってしまった、というわけだ。 「にゃーさん、ごめんにゃさい。」 テーブルの上で、素直に謝るディーニャ。だがこいつの場合は「素直に謝ればビールが飲める」ことを期待しての行動に他ならない。 ポニーテールを揺らして謝る姿はかわいいが、ここは心を鬼にしなければならない。 「ふむ。だが、独り占めしようとしたことは罪である。よって、このビールは俺が飲み干す。」 泣き出すのではないかと思うほどに目を潤ませ、ビールの口を開けて飲もうとする俺を凝視するディーニャ。 耐えろ、耐えるんだ・・・っ! ディーニャの視線を痛いほどに感じつつも、俺はビールをぐびっとひとくち。すると、ディーニャはぴょんとテーブルから降りて。 「いいもーん! まだかくしてあるびーるはいっぱいあるんだからー!」 そういいながら、俺の散らかりきった部屋へと駆け込んでいった。 ・・・まだ・・・隠してある・・・?! 「ちょっと待て! お前いつの間に!!! どうりで最近、酒の減りが早いと思ったよ・・・! こらディーニャ!どこへ隠しているんだ!!」 「にゃはー! それはひみつにゃのだー!」 -今宵も、ディーニャとの追いかけっこは続く-。 <<トップ へ戻る<<
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戦うことを忘れた武装神姫 その25 H市の中心駅から程近い路地裏のとあるショットバー。 久遠は猫子のエルガを傍らに座らせ、ちびちびと酒を呑んでいた。 カウンターと2組のテーブル席しかないこの店の今宵の客は・・・久遠たちだけ。マスターのCDコレクションのジャズが静かな店内を支配する。 エルガはこの店自慢の鳥のから揚げをおいしそうに食している。 「・・・今宵はエルガさんと二人きりですか。」 顔なじみとなっているマスターが聞いてきた。 今日はたまたま、3人ともそれぞれにメンテナンスや泊りの予定が入り、久遠のところにはエルガしかいなかった。 「そうなの! 今夜はにゃーさんと二人っきりなの!」 「おやおや、ずいぶんとうれしそうですね。」 「だってだって、にゃーさんの愛情を独り占めできるんだよ?!」 「やめれって、こっ恥ずかしい。」 「ははは、久遠さんも大変ですね、こんなにもかわいいお嬢さん方に囲まれては。」 グラスを磨きつつ、相変わらずのマスターの調子にうっかり流されてしまいそうになるも、久遠は本来の目的を済ませるべく、マスターに切り出した。 「ところでマスター。『ゼリス』という神姫の事件に関して教えてもらえませんか。」 「・・・。」 マスターのグラスを拭く手が止まった。 「どこでその話を知ったんだい?」 「・・・実はですね。ウチのリゼに、武装神姫用ではない声帯が搭載されていまして。」 先だっての一件の際に、通常の神姫では考えられないほどの声量を放った事、そして普段からのあまりに美しい歌声。気にしてはいたのだが、今回のCTaの全般メンテナンス時に調査をしてもらい、その事実が発覚した。 「リゼはストラーフでも初期のロットですから、部品混入による偶然のものだとはおもうんですが・・・。それで、その声帯のことを調べているうちに、クラリネットタイプに行き着き、『ゼリス』という名も挙がってきたんです。」 「にゃにゃ?」 そういいながら、久遠はエルガの頭をそっとなでた。 「にゃーさん、ゼリスさんのこと?」 「そう。神姫の歴史に詳しいマスターなら何か知っているかと思ってね。」 「マスターさん、にゃーからもお願いするの。 にゃーたちの・・・えっと、にゃーたちの、ママのこと・・・。」 「・・・そうか。」 ため息混じりに呟くように言ったマスターはグラスを棚に収めると、 「君は、あの話をどう思うかな。」 と久遠にたずねた。 「どこもかしこも『悲哀のヒロイン』という扱いですが、自分にはそうは思えないんです。 こうしてエルガたちを連れた日常を過ごしていると、他人事とは思えない気がしてきまして。。。」 その先の言葉が出ない久遠。 するとマスターは外の看板のスイッチを落とし、ドアにClosedのプレートを下げて戻ってきた。 「話せば長くなるからな。」 そういうと、棚の奥からシンプルなラベルしかないバーボンを持ち出し、久遠とエルガの前にグラスを並べた。 「まずは・・・昔話から話そうか。」 ・ ・ ・ 当時、大学院を卒業したての若手技術者だった彼 -今のバーのマスター- は、高倍率を見事(運良く?)勝ち抜き、ある研究所へ配属となった。 彼の受け持った仕事、それは神姫のMMS本体と装備のリンクに関する技術研究、すなわち武装神姫の最初期の研究だった。 ・・・神姫の開発。 未知ともいえる分野の開拓。 充実した日々の中、彼は一人の女性と出会った。彼女は、神姫の持つ「心」について、いずれ科学的に解明してみたい・・・と熱く語った。 彼もまた自らの研究を通し神姫の「心」については少なからず関心を抱いていたこともあり、以来時折情報のやりとりを行っていた。 しかし。しばらくの後、ぱったりと連絡はなくなった。さらに数年が経ったころ、あの事件が大きく報じられることになった。 「それが、君たちも知っている『ゼリス』の事件だったんだ。」 久遠の前に置かれたグラスで、氷が小さくカランと鳴った。 「実を言うと、ゼリスの一件については僕も詳しくは知らないんだ。というより、知る必要がなくなったというべきかな。」 そういうと、マスターは手にしたグラスをあおり、話を続けた。 「『心を解明したい』と言っていた人物こそが、今の峡国神姫研究所所長、その人なんだ。 そう、ゼリスのマスターだった方だ。 あの事件には僕も相当ショックを受けてね。げっそり沈んでいたら、ふらっと手紙が舞い込んできたんだ。たった便箋一枚の手紙だったけれど僕には大きな意味をもった手紙だったよ。」 - 神姫には、神姫としての、 ツクリモノではない、確かな「心」がある - そんな「彼女」たちに対して自らが行っている研究は、果たして意味を持つものなのであろうか・・・。 心がある以上、神姫と装備を100%リンクさせることは不可能・・・ いや、それ以前に神姫の心を踏みにじるような研究をしてきたのではないか? 「・・・そんなわけでね。僕も武装神姫の計画が軌道に乗るころには、あの研究所を辞して、今の職に就く道へと進んだんだ。 ま、この後の話は本当の昔話に過ぎないから割愛するけどね。 みんなにいろいろ言われるけど、神姫をいまだに持たない理由もそこなんだよ。」 自らの手元のグラスにバーボンを注ぎ一口あおり、マスターは久遠とエルガを見つめた。 かかっていたCDが終わり、しばしの静寂- 。 ・・・>続く・・・>・・・ <その24 へ戻る< >その26 へ進む> <<トップ へ戻る<<
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戦うことを忘れた武装神姫 その2 焼きそばの調理にかかる。 具は冷蔵庫にあったキャベツとニンジン、魚肉ソーセージであっさり済ませることにした。 「んじゃ、野菜をよろしく。」 でんとキャベツを乗せたまな板の前に武装状態で構えるは、猫爪型のエルガ。 「千切り?みじんぎり?それとも、つま切り?」 「・・・角切りでいいってば。」 「にゃっはー、冗談ですよー。」 冗談でも勘弁して貰いたい。まぁ、そこがかわいいところなのだが。 「せぇの・・・」 小さい躰でありながら、軽々とキャベツ1/4を持ち上げ・・・ 「にゃっ! にゃっ! にゃっ! にゃっ〜!」 ざらららっ。 研爪で、あっという間に角切り完了。 「ほい!」 中華鍋を引っぱり出しつつ、片手で俺はニンジンをポンとエルガに投げる。 「うにゃぁっ!」 飛びかるや否や、あっさりと皮むき・銀杏切りが施される。 「最後はこれだっ!」 魚肉ソーセージのビニールを剥いて、エルガの前に差し出す。 エルガはさっと構えるとー 「ぱくっ。」 「え?」 もぐ、もぐ・・・ 「ごちそーさまー!」 ・・・月末の俺にとっては貴重な、魚肉ソーセージが瞬時に消失した。 つーか、お前モノ食えたのか?! 虚しい気持ちにもなるが、エルガの至福の表情を見ると、 ・・・なんか怒る気にもならない。ま、野菜焼きそばでもいっか。 日常の中で、まったりと過ごす俺と神姫たち。 しかし、ここに居るのは戦うことを忘れた武装神姫。。。 <その1 へ戻る< >その3 へ進む> <<トップ へ戻る<<
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「……おいしい」 こんにちは。武装神姫、犬型ハウリンの凛です。さて私この度、初めて食事とい うものをとる事となりました。 舞達がよく訪れているという『喫茶翠屋』さん。パン屋さんを営む傍らで営業し ている喫茶店らしいのですが、こちらのパンケーキ。ふわふわとした食感がとて も心地好く、口の中に入れた瞬間には圧倒的な存在感を持ちながら、次の瞬間に は消えてしまいそうな儚さ。柔かく広がる甘みは鮮明な印象を残し、あっと言う 間に駆け抜けて行きます。食事という経験が乏しいばかりにうまくこの感動を表 現出来ないのがもどかしくて仕方ありませんが、正に幸せの味、とにかくただた だ『おいしい』のです。 「ホントにどうなってんだ、神姫って?味覚まであるのか?」 「武装神姫、26の秘密のひとつ!なんだって。でもよかったじゃない。一緒に おいしいって言えるでしょー?」 「ふーん。あとの25はなんなんだ?力と技の風車とか?」 夢中になってパンケーキをむさぼる私とヒカリをよそに、隼人と舞はカップを片 手に楽しそうに話しています。 先日の騒動から数日間、隼人は舞達に冷たくあしらわれ続けていました。耐えら れなくなったらしい隼人はとうとう全面的に謝罪し、今日はその御詫びも兼ねて ここ、翠屋で御馳走する事となり訪れた訳なのです。。 そう、先刻まではあんなに不機嫌そうだったのです。それがまぁ、随分楽しそう だ事。って言うか改めて見るとこの二人、意外といい感じなんじゃあないでしょ うか。 「そういやお前、髪伸びたんじゃないのか?」 「でしょー?ちょっと奈々さんのマネしてみようかなーって。あ、でもあたしね 、なんだか髪細いみたいなの。気になってるんだー。さわってみてよ」 「そうか?いいんじゃねーの?綺麗だし」 舞の髪に指を滑らせる隼人。ちょっとなんですか、その雰囲気?また自然に触れ 合うじゃあないですか若い二人が。隼人もさりげなく綺麗とか言っちゃってなん なんですか?私今初食事中なんですけどもう少し関心とか感動とかないんですか なんなんですか? 「相変わらずうらやましいですね~、このラブラブカップルは」 またどこからともなく二人を冷やかす声。そうですか、そんなに私にケンカを売 りたいと。 「はぁ?」 隼人達より先に、私が不機嫌オーラ全開で声に応えます。どこの誰だか知りませ んが、今の私はすこぶる機嫌が悪いですよ? 「ひぅっ!」 視線を泳がせ、あからさまに怯える小柄な少女。初めて見る方ですが、どこのど ちら様でいらっしゃるんでしょう。 「バカ。なんで俺らがらぶらぶしなきゃならんのだ」 「そーだよ、ルナちゃん。いつも言ってるけど、あたしと隼人だよー?そんなの ないってばー」 二人の対応を見るに、どうやら隼人達の知り合いのようです。いぶかし気な視線 を送り続ける私に気付いたのか、舞がルナさんと呼ばれた少女を紹介してくれま した。 「この娘は北斗ルナちゃん。あたし達のクラスメイトで、この翠屋の看板娘なの 」 「へぇ。そうなんですか」 「ご、ごめんなさぃ」 不機嫌な私に余程驚いたのか、おろおろしながら謝罪を述べる彼女。段々気の毒 になってきました。その様子を見るに悪意があった訳ではないようですし、これ は悪い事をしてしまいましたね。 「あの私、なにかしちゃいました……?」 「い、いえいえ!こちらこそすみませんでした」 深々。誠心誠意の座礼で反省の意を表します。私とした事が、隼人達の友人に対 してなんと失礼な事を。 「いぇ、そんな……?」 「こいつは凛。見ての通り俺の神姫だよ」 隼人の紹介を聞くとよくやく安堵したようで、申し訳ない気持ちを引きずる私に 「よろしくね」と柔らかな笑顔を向けてくれました。その後の談笑でもころころ と表情を変え、その度にふわふわ揺れるツインテールが彼女の可愛らしさを際立 たせていました。多少幼く控え目な印象もありますが、穏やかな物腰の優しい方 のようです。 「ぁ、ごめんなさぃ。そろそろ戻らないと」 「お店の手伝い?大変だね」 「うぅん、私もやってて楽しいから。みんなはゆっくりしていってね」 「あ――」 改めて謝罪を述べようとした私を制すると、ルナさんは微笑みながらそっと頭を 撫でてくれました。 「凛さん。またね」 まるで私の気持ちを見透かしたような明るい笑顔。それだけで、暗い気持ちが晴 れていくようでした。 「はい!ありがとうございました」 私達に手を振り、とてとてと店の中へと駆けて行くルナさん。さりげなく伝票を 持って行くあたりも彼女の人柄を表しているのでしょう。 「可愛らしい方ですね」 「ああ、舞とは違って……痛いごめん冗談痛い」 笑顔のまま隼人の足をぐりぐりする舞。怖いです。隼人もどうなるかはわかって いるのですから、余計な事を言わなければいいのに。 「でもいい娘でしょー?ちっちゃくて可愛いし」 「舞!あたしはー?」 「うん、ヒカリも可愛いよ」 「えへへー」 こんな風に過ごす平和な時間。マスターやその友人達と過ごすこんな時間も、私 達神姫にとってとても幸せな事なのです。こうして深められる絆が、苦しい時に 立ち上がる力になるのです。 神姫とマスター、これが私達の日常。少しずつ積み重ねていく日常なのです。 「舞ー!おかわりー!」 「まだ食うのか!?」 「あ、隼人。私もお願いします」
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戦うことを忘れた武装神姫 その31 H市の駅から近い裏通り。 アクリル製の電飾看板に明かりが灯った。 だが、中の蛍光灯が切れかけているのか、なかなかきちんと点灯しない。 ・・・カウンター席が5つとテーブルが2つだけの小さなショットバー。壁一面には沢山のボトルが並べられ、それぞれの存在を示すかのように、電球の明かりに琥珀色の輝きを静かに、しかし美しく放っていた。 本日の選曲は、マスターの趣味で集められたCDコレクションからの80年代のジャズ。。。 と、ジャズのリズムに併せるかのように軽やかな炒め物の音が混ざる。カウンターの片隅でマスターが調理を始めていた。 今日の突き出しは・・・ナッツの炒め物。 カウンター上では、ひとりの神姫が伝票の整理を行っていた。白いボディはアーンヴァルと同じ塗り分けだが配色が空色と藤色。 そして・・・顔はストラーフ。 暗がりで見ればアーンヴァルとストラーフの組み換えにも見えるのだが・・・。 一通りの整理が終わり振り返った神姫の横では、調理を終えたマスターが炒め物を皿に小分けしていた。マスターがフライパンを片付け、神姫が伝票をしまい終えたとき。 キィ・・・。 古びた扉が開き、お客がやってきた。 「こんばんはー。」 胸ポケットには武装神姫、ストラーフが収まっている。お客は、ストラーフとなにやら楽しげに言葉を交わしている。 ・・・いつものあの人だ。 今夜も、楽しく長い夜になりそう。。。 「いらっしゃいませ。 今日はリゼさんと御一緒ですね。」 「こんばんは、マスターさん、お久しぶりっす!」 久遠のポケットからリゼが先に挨拶をした。 「今日はリゼさんだけですか?」 「こんばんは。 ・・・そうなんです。まぁ、メンテナンスの帰りとも言いますけれどね。 あ、まずはいつものをお願いします。」 おしぼりを受け取りつつ早速注文の久遠、リゼの足を拭いてカウンターに座らせる。 「いらっしゃいませ、久遠さん。」 マスターが久遠の注文に掛かると同時に、今度はカウンターにも並べられた酒瓶の隙間から声が響いた。 どこから声がしたのか判らず、あたりを見回すリゼ。 「ここですよ、ここ。」 再び瓶の間から、透き通るような声が。 久遠は、リゼのあたまをチョイと突付いて独特の形状のリキュールの脇を指し示した。 そこには・・・ 「え・・・神姫?!」 「こんばんは。貴女がリゼさん・・・ですか?」 「は、はいっ!!!」 突然名前を呼ばれて、背筋を正して座るリゼに、瓶の向こうに立つ細い目の神姫は優しい笑みを浮かべていた。 「何もかしこまる事はありませんよ。貴女のマスターの久遠さんから、よくお話を伺っておりましたので。。。」 マスターからマドラーを受け取りながら、 「私の名前は あずさ と言います。 以後お見知りおきを・・・。」 と、あずさ と名乗った神姫は小さく一礼した。 リゼも、つられて一礼。 マスターは二人を邪魔せぬように静かに久遠にジントニックを差し出した。 久遠も、黙ってふたりの様子を見ながらジントニックをすする。 興味深そうに、しかし不思議そうな面持ちで あずさ を見つめるリゼ。 同じ顔なのに。 何故、あなたは・・・。 「あのっ」 沈黙を破りリゼが口を開いた。 エプロン姿のあずさは、細い目をさらに細くするかのようにニコニコと小さく頷いて応える。 だが、リゼは次の言葉が出てこなかった。 再びの沈黙。。。 CDチェンジャーの作動音が響く中、たまりかねた久遠がリゼをつまみ上げ、あずさに紹介した。 「どうも、あずささん。 こちらが以前も何度かお話しました、ストラーフのリゼです。 ウチの4人の中では末妹に当たるのかな。」 「こ、こんばんは・・・。」 久遠に促され手の上で頭を下げるリゼ。 「私はこちらの店でマスターの補佐を務めております。」 と、あずさもぺこりと頭を下げた。 しかしまだ、無言で見つめ続けるリゼにあずさは静かに話しかけた。 「お顔や身体の見た目は貴女と同じですが、私、『武装』神姫ではないんです。」 その言葉に、 「えっ?」 目を皿のようにするリゼ。 「ふふ、エルガさんも、シンメイさんも、イオさんも。皆様、リゼさんと同じ反応をしましたよ。 あ、マスター。 リゼさんにアレをお願いします。」 マスターは 黙って頷くと、神姫サイズの器にホットレモンリキュールを注いでリゼに差し出した。 「冷めないうちにどうぞ。 こちらはサービスです。」 差し出されたホットを、リゼはひとくちすすった。 「おいしい。。。 こんなやさしい味のお酒、初めてっ!」 ようやく緊張のほぐれた顔付きとなったリゼに、 「私が神姫向けに選んだ味です。 もちろん、食事機能の無い神姫でも飲めますよ。」 と、店内のジャズを妨げることのない美しい声で語るあずさ。 「ありがとう、あずさ・・・さん。 あ、あの、さっき訊きそびれたんですけれど、あずささんはクラリネットタイプなんですか?」 「うーん、残念。ちょっと違うんですよ。 でも貴女、いい耳してるわね。 トーン落として話していても、武装神姫とは違う声と見抜いたんですから。」 「リゼもあずささんとほぼ同じ声帯を持っているんですよ。だからではないですかね?」 ジントニックを飲み干した久遠が口を挟んだ。 リゼは久遠と目を合わせると再びあずさの方を向いて小さく頷く。 「なるほど。 それでは私の事も少々お話をしましょうか。 ・・・の前に久遠さん、次はどうされますか?」 ジントニックを飲み干した久遠に次を促す。 久遠は考えることもなく、マスターの後ろの棚を指した。マスターは小さく頷くと、 「かしこまりました。ワンショット・・・残っていませんね。今、倉庫からお持ちします。」 と、マスターは後ろの扉から奥へと入った。 >>まだまだ夜は続くヨ!(その32へ)>> <<トップ へ戻る<<
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武装神姫のリン 鳳凰杯篇その4 俺は"いつか"の時と同じように、だがあくまで冷静に。 リンを胸のポケットに入れてオーナーブースの扉を開けると全力疾走。 瞬く間に鶴畑大紀のオーナーブースへ。 扉を開ければ今まさにミカエルのリセットを行おうとしている鶴畑大紀の姿。 「待て、話を聞け!」 「ふん、俺のやることに口出しするな!こいつは負けたんだよ。最後のチャンスだったにもかかわらずだ。だから今ここで終わりにする。」 「待ってください!!!」 俺より大きい、そして何かすごみを感じさせるリンの声に鶴畑大紀は思わずたじろいた。 「…ええぃ」 がすぐにミカエルにつないだ端末の操作に入ろうとする、間に合わないかと思ったが急に鶴畑大紀の動きが止まった その視線の先にあるのは…ミカエルの瞳に浮かぶ大粒の涙だった。 「マスター、ごめん。でも私は…死にたくない」 「何を言ってる!! バトルに負けた時点でおまえは用済みなんだよ!だから…そんな顔するな」 鶴畑大紀の始めて見せる表情に少し驚きつつも、俺はミカエルと端末の接続を解く。 「おい、鶴畑の次男」 「…なんだよ。ミカエルのことか? もう知ったことか! マスターの登録は外すから勝手にしろよ」 「マスター…」 「もう俺はおまえのマスターなんかじゃない、どっかいっちまえ!!」 分かっていたとしてもそれがショックだったのだろう。 ミカエルは脱兎のごとく駆けだして行ってしまった。 「マスター、私に任せてください」 「ああ、頼む」 あっちはリンに任せて俺は鶴畑大紀に話しかける。 「おまえ、たしか兄貴に近づきたくて神姫始めたんだよな?」 「それがどうした! 武装は同じようにハンドメイドだし、戦績とかのチェックもいつもやってるよ。あと同じようにバトルに負けた神姫は取り替えてきた。悪いか!!」 「別にそれ自体が悪いわけじゃないだろう。ただな"ものまね"じゃあ一生かかっても兄貴には追いつけないぞ」 「m、ものまねだと!!」 「そうだ、おまえが今までやってきたことは兄貴がやってることを見よう見まねしてるだけなんだよ。まねだから兄貴がまず"それ"をしないと自分はなにも出来ない。だから追いつけない」 「なっ…」 「とりあえず、神姫をとっかえひっかえするのを今すぐやめろとは言わない。ただ、一度考えてみたらどうだ?」 「ふん…」 「俺が言いたいのはこれだけだ。あ、あと八百長なんてするなよ」 「うるさい!」 話を終えて(とりあえず言っておきたいことだけは伝えたつもりだ…なんで俺はこうもお節介かねぇ)オーナーブースを出ようとすると。 「まてよ。」 「なんだ?」 「…あいつに伝えてくれ。おまえはがんばってたことだけは覚えとくって」 「ああ。」 その言葉を聞いたとき、いつか彼の中で良い変化が起こってこれから生まれる「ミカエル」と以前より良い関係を気付くことが出いるのではないか?というのは俺の願望だろうか? そんなことを思いつつ、俺はオーナーブースを後にした。 ==== 試合の相手だった神姫のマスター、藤堂亮輔がブースを出たことを確認し鶴畑大紀はすこしだけ昔のことを思い出す。 それは5年前、まだ武装神姫が発売されることもなく世間での神姫に対する評価も今とは違っていた頃。 そして自分たち鶴畑兄弟の関係も今ほど緊張感を持ったモノでは無かった頃のことだ。 兄は高校で成績優秀。日本で一番の大学にも易々と合格できるだろうと担任から太鼓判を押されていたがまだ自分の進むべき道が決まっていなかったがそのときの兄は今ほど冷たい態度を取ることもなく優しかったのだ。 今でも世間一般の人の兄に対するイメージはまさに好青年。しかしそれはメディア等に出るときの"仮面"だ。 自分でもいつ兄が今のようにいつもぴりぴりした雰囲気をまとうようになったのかは解らない。 でも武装神姫が開発されてからであるということだけは明らかであり、また兄にあこがれを抱いていたはずの自分が今は逆に兄に対する争闘心のような感情しか持ち合わせていないという事実に気がついた。 兄の態度が変わったことに気がつき、その原因が何かさっぱりわからなかったそのために兄に直接聞くことが一番だと思ったのが2年前だ。そして今の兄と対等に話をするために自分は兄に追いつかなくては行けなかった。 でも学問とかじゃあ到底敵わない。でも…神姫ならばと思って自分も一度仮名を使い神姫バトルに参加してみた。 しかしそこで待っていたのは連敗に次ぐ連敗。たった一度の勝利が遠かった。 そして最後の試合で己の初めての神姫であったアーンヴァルが爪で引き裂かれる、その光景を目の前で見てしまった。 当時のバトルはリアルリーグしかない。それ故にプログラムで補正を行っていてもまれに神姫が帰らぬ身となることはあったがそれは自分の心に深い傷を追わせた。 その挫折から半年の間家に引きこもりがちになり過食症に陥った。 そして復帰後は本名で神姫バトルに。あのときの絶望をもう二度とを味わいたくないと無意識に思ったのか…当初の目的を忘れて目の前の敵をいたぶる。また強すぎる相手に対しては金を積んでの八百長試合など…自分の欲求である「勝利」を満たすことしか考えていなかったことを痛感した。 そのために何度神姫のコアを代えただろうか?リセットされる、廃棄されるときの彼女たちの気持ちはどうだっただろうか? また心が痛んだ。 そんあ自分が、今からでも変われば兄弟関係も変わるだろうか? でもまた挫折すれば…そういった恐怖が頭の中を駆けめぐる。 それでも、自分が兄に追いつける可能性があるのはこの神姫バトルしかない。苦しいかもしれないが、やってみようと思う。 それが鶴畑大紀のたどり着いた答えだった。 ミカエルはもう戻らない。自分がオーナー登録を解除してしまったのだ。 でも彼女が…いや今までの"ミカエル"が残したデータが生きている。 これほど心強いことは無かった。 鶴畑大紀は立ち上がる。上を目指すために。そして兄に追いつくために… ~鳳凰杯篇その5?~
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マイナスから始める初めての武装神姫[20xx] 20xx年某所。神姫バトルプレイヤーになりたい貧乏学生、武井峡次。 だがそこにやってきた神姫は、ある欠陥を抱えていた。 書いた人:新井しーな(ドキドキハウリンの中の人) 登場人物一覧 引越編 八畳一間のアパート、巴荘。そこに、新しい住人が越してくる。 マイナス☆その1 20xx.4.4 マイナス☆その2 20xx.4.4 前編 20xx.4.5 後編 マイナス☆その3 20xx.4.5 前編 20xx.4.5 後編 >エロあり マイナス☆その4 20xx.4.6 マイナス☆その5 20xx.4.6 秋葉原編 鳥小の勧めで、秋葉原に向かう事にした峡次。だが、そこでは……? マイナス☆その6 20xx.4.6 前編 20xx.4.6 後編 >エロあり マイナス☆その7 20xx.4.6 前編 20xx.4.6 後編 マイナス☆その8 20xx.4.6 >エロあり バイト探し編 活動資金を稼ぐため、バイトを探す事にした峡次。果たしてノリコは無事戦えるようになるのか。 マイナス☆その9 20xx.4.中旬 前編 20xx.4.中旬 後編 マイナス☆その10 20xx.4.下旬 >エロあり >犬子さんの土下座ライフ。と設定的リンクあり マイナス☆その11 20xx.4.下旬 前編 20xx.4.下旬 後編 マイナス☆その12 20xx 一学期中間テスト >エロあり トイズ編 バイト先での研修を始めた峡次。けれど研修先の面々は、一筋縄ではいかない連中ばかりで。 13話時点での登場人物一覧 マイナス☆その13 20xx.5.下旬 >微エロあり マイナス☆その14 20xx.5.下旬 前編 20xx.5.下旬 後編 マイナス☆その15 20xx.6.初旬 マイナス☆その16 20xx.6.上旬 >エロあり マイナス☆その17(New!) 20xx.6.中旬 番外編 鋼月十貴のケース ケース☆その1 20xx.4.2 前編 20xx.4.2 後編 >微エロあり ケース☆その2 20xx.4.6 前編 20xx.4.6 後編 フラグメント フラグメント 01 >エロあり・ダーク系設定あり フラグメント 02 >エロあり・ダーク系設定あり フラグメント 03 >神姫破壊描写・エロあり・ダーク系設定あり フラグメント 04 >エロあり・ダーク系設定あり 今日 - 昨日 - 合計 - 名前 コメント すべてのコメントを見る フラグメントの続きが気になります。なんとなく空気が好きな作品です。 -- (通りすがり) 2012-12-10 13 59 02 ありがとうございます! ぼちぼちペースになるかと思いますが、よろしくお願いします -- (あらい) 2012-11-05 16 47 32 復活おめでとうございますヽ(^0^)ノ、続きが読めるとは嬉しいです -- (ナナシ) 2012-10-30 20 02 05
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2036年 武装神姫の世界 (公式設定)について これは公式ページ内2036年 武装神姫の世界の情報をまとめたものである。 2036年 武装神姫の世界 2031年発売(神姫タイプ以外のMMSはこの限りではない) 主要ユーザー層は十代後半から四十代の男性 神姫の仕様(ハードウェア) 最小構成 神姫は基本的に以下のパーツで構成され、起動後のパーツの取り外しには神姫の停止を伴う。 最小構成CSC(胸部) Core Setup Chipの略。 多数存在するCSCのうち三つを選択しセットする。(同種のCSCの複数セットが可能かは不明) CSCの組み合わせによりコアユニット、素体の基本の性格、能力に対し固体ごとの個性、差異が生じる。 コアユニット(頭部) 頭部に内蔵されるパーツ。 コアユニットの種類により基本的な性格が決まっている。 これとCSCの組み合わせにより性格が決まる。 素体(胴体部) 頭部以下、四肢も含めた胴体部 これとのCSCの組み合わせにより能力が決まる。 このパーツ(胴体部)にバッテリーが内蔵されている。 オプション クレイドル 内蔵バッテリーの充電、データ整理、PCとの通信に用いられる非接触式充電通信装置。 神姫は一日一度このクレイドル上で充電、データ整理のために"眠る"。 武装パーツ 詳細不明 価格 高性能PC程度。(最小構成、武装パーツの有無、クレードルの有無、パーツの性能、流通経路により上下すると思われる) 神姫の仕様(ソフトウェア) 神姫は起動時にオーナー登録をする。 これはMMS国際法により定められている。 オーナーは必ず個人である。 神姫一人に対するオーナーは一人である 逆に一人のオーナーに対して神姫は複数登録できる。 この結びつきは絶対的なものであり、神姫はオーナーを変えることが出来ない。 流通 神姫センター 全国主要都市に点在する「MMS-Automation 神姫」を扱う専門店。 神姫、武装パーツの購入、修理を行うことが出来る。 武装神姫バトルを中心としたアミューズメント筐体も設置されている。 MMSショップ 神姫センターとの違いは不明。 おそらく神姫以外のMSSの取り扱いやアミューズメント筐体の有無だと思われる。 大型家電量販店 神姫、パーツの購入、修理が可能。 ただし上記の二つと違い専門に扱っていないのでサービス質は多少落ちると思われる。 アミューズメント 設置場所 神姫センター、アミューズメント施設等 コンテンツ 武装神姫バトルがメインコンテンツだと思われる。 ほかにも数種類存在するもよう。 武装神姫バトル 2032年から稼動、2036年現在バージョンアップを重ね人気アミューズメントとして定着。 筐体 テーブル状の台の上に透明の直方体のカバーが付いた筐体。 カバー側面に神姫出入り用の扉がある。 筐体上方の天井に吊り下げ式モニター有り(オプション?) オーナー用の椅子二台有り(オプション?) 仕様 バーチャルデータではなく実機を戦闘させる。 レギュレーション 以下の二種類が存在する オフィシャルバトル "武装神姫バトル管理協会(略称神姫BMA)"によって設定されたクラス分けとレギュレーションに則り行われる フリーバトル クラス分け、レギュレーションによらない自由に行われるバトル
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残虐描写が多数存在します。そういったものに嫌悪を抱かれる方は戻ることを推奨します。 武装神姫草創期、それは同時に武装神姫の暗黒時代でもあった。 規定がおざなり且つ曖昧で違法を裁くものが存在しなかった当時は過剰強化された自作武装が表立って猛威を振るい、又は神姫を全く別の物に造り替えてもCSCさえあれば公式バトルに参加出来るような、正に混沌を極めた時代であった。 現在ではオフィシャルの設立、積極的な介入により規定は正確に設定され一応の安寧が訪れているが、その混沌の渦中で破壊された神姫の数は確認されただけでも当時稼働していた全ての神姫の一割に昇ると言われている。 戦いに敗れ破壊される神姫、オーナーによって狂わされた神姫、名誉の為に自害を選ぶ神姫。そうした光景が決して珍しいものではなかった当時を、生き残った神姫達とそのオーナー達は「十五センチの地獄」「世界最小の戦場」「血は流れなかった戦争」等と様々な名称で表現している。 …これはそんな混沌とした時代を潜り抜けた一組の神姫とオーナーの物語である。 そのオーナーはとても幼く、新品のランドルセルを背負っていた。神姫の方も何の変哲も無い、強化改造や自作武装が普遍していた当時ではむしろ異常と言える無改造のストラーフ型であった。 無邪気にバトルに赴く彼らを見た神姫オーナーは誰もが思った。何も知らず神姫バトルの世界に踏み入れてしまった為にストラーフ型は誰かの武装の実験台になり、幼いオーナーにはパートナーを失った傷痕が取り残される。閉鎖的な環境は他人を助けると言う人道的な選択を凍結させ、ただ冷淡と一組の死別を予知させていた。 しかしその予知は大きく外れることになる。ストラーフ型は勝ち続けた。自身は非改造の公式武装にも関わらず自作武装や強化改造を施された神姫を相手に互角以上に戦い、時には最早神姫とは言えない異形の怪物さえも捩じ伏せた。 幼いオーナーはただ応援するだけ。ストラーフ型に何か特別な改造を施された形跡は無く、また強化された武装やオーダーメイドの武装を使うのでもなく、ただ公式の武装だけで、実質何の援助も無しに勝ち続けていく。 何故そんなに強いのか。あるオーナーの質問にストラーフ型は「私はマスターが信じてくれる私自身を護る為に戦っているだけ」と答えている。いつからかストラーフ型は『鬼子母神姫』と渾名付けられた。 …。 …。 …。 泡のように浮かんだ1が弾けて0に溶ける。目覚ましたイシュタルに映ったのはそういう世界だった。ここは神姫の夢の中。広大なハードディスクの中でポツリと浮かぶAIの中。マスターに自分の中身を点検させる度に訪れる異世界である。ただ普段と異なり自分は自分の中に拘束されて身動きが取れない。どうしてこうなっているのかと今にまで至る経緯を振り返る。 休日ということで普段よりも遅くに起床。今朝のマスターの朝食はバタートーストとベーコンエッグとレタスとトマトのサラダ。早めに部屋の掃除を終え電車に乗ってエルゴに。エルゴでマスターは自分の部品と何かの本を買って修理室を借り整備を済ませる。ジェニーと雑談をしていたら日暮夏彦にAIの調査を頼まれたので引き受けた。調査後バトルに繰り出したが満足の出来る強敵とは出会えなかった。帰宅時に神姫狩りに襲われてマスターの無事と引き換えに連れて行かれてしまう。 ということは今ここは神姫狩りのパソコンの中か。素体との接続は保たれており、手が入れられていないことに安心する。マスターと一緒に設計した素体だから他人に解体されていたらどうしようかと思った。そして自分とマスターとの大切な思い出には閲覧記録が無いので二度目の安堵をする。 予想通り今は自分に蓄積されている戦闘データをコピーしているらしい。現状を把握したところでセキュリティの眼を盗んで感覚を広げ今自分の居るパソコンの中を調べる。自分の一部を有象無象のデータの中に飛び込ませ今自分が欲している情報だけを持って来させた。神姫狩り達の行動は非合法とされる賭けバトルへの参加、自作武装の強奪なんて小さな悪事の他、何と世界的に禁止されているはずのMMSの軍事利用を研究している組織とも繋がりが有ることが判明した。 高名な神姫は貴重且つ膨大な戦闘データを持っている。自分もまたそこら辺の神姫とは比べ物にならない戦闘経験を持つ歴戦の兵であると自負していた。それを考えればそれを狙う神姫狩りが自分を狙うというのは正しい審美眼を以て行われた犯罪とも言える。 しかし、それはそれ、これはこれ。他人の神姫のデータを不正コピーさせているパソコンをネットに繋げたままにしているのは迂闊としか言いようが無い。御蔭で衛星を通して今居る場所を割り出す事が出来た。今居るのはエルゴからはそう遠くは無い場所にあるビルの中だ。今直ぐ日暮夏彦にメールを送れば数時間後にはマスターの下に帰れるだろう。だがそれはしない。 武術の達人曰く「武を振るうは下策、その時すでに護身は失敗と心得よ」。それは理解してる。このまま何もせず他人に任せた方がずっと安全だ。けれど悪党を見て自分は何もしない言うのは寝覚めが悪く、調整したばかりの身体を試してみたい気持ちも有り、何よりマスターを傷付けた連中をわざわざ警察に任せ懲役云々で済ませるのは例えマスターが許しても自分自身が許せなかった。…と言うわけで。 「なっ…なんだよ、これっ!」 世界を流転させる。自分を縛り付けていた施錠は藻屑と消える。AI複製ソフトは台無しになり元も子も無くなる。幾らこの世界の向こう側から指示を出そうとも、もう遅い、パソコンの中を調査している間にハッキングを掛けてオーダーの支配権は全て奪い取った。もうここは「私の」世界だ。 世界は流転する。自分自身を砲弾として向こう側の世界に撃ち出す。海の様に緩やかな世界から抜け出した途端、不自由な重力が身体を縛る。二次元の物は三次元に。0と1は隅に追い遣られ赤ん坊が産声を上げている。パソコンの中の世界とは違い、現実世界は思い通りにはならない。だからこの瞬間だけは胸が高鳴った。 感傷に浸る暇も無く素体の中で目覚めたイシュタルは目覚めとほぼ同時に駆け出して慌しくパソコンを操作していた痩せた男の手に昇る。そこから息も吐かせず身体を駆け上がり、その途中で胸ポケットから奪ったボールペンを額に突き立てた。 「なぁ、んがっ?」 混乱、覚醒、襲撃。現実の変動に男の認識が間に合っていない。その隙に首の後ろに回られて、ドスンと一撃。走馬灯に馳せる暇も無く即死する。 神姫にプリインストールされているロボット三原則などイシュタルにはあってないようなものだ。人間にとっての憲法や法律と同じもので守る必要が有ると思えば守るし破っても構わないと思えば平気で破れる。 「…ふむ」 イシュタルは崩れ落ちる人体に巻き込まれる前に着地。神姫である自分にも罪悪感なるものが存在するのか殺めた手から後味の悪い感触が伝わっきたが、大したものでもないので無視する。 それよりも次はどうするか。残り二人とその神姫達は皆殺しにするのなら一人づつ静かに消していくのが効率的だ。全身から電磁波を飛ばしその反射波をレーダーとして建物の中の構造と人物と神姫の動向を把握する。 キッチンで女が調理をしている。リビングで男が飲食している。玄関にフォートブラッグ型と紅緒型が将棋をしている。洗濯機の前でジュビジー型がアタフタしている。小部屋でムルメルティア型が射撃訓練をしている。冷蔵庫の近くでストラーフ型が食材を運んでいる。小皿に乗せたコーヒーカップを持ったエウクランテ型がこちらに向かっているので急いで駆け出した。 「マスター、コーヒーを持ってきました」 出会い頭にエウクランテ型をボールペンで殴打。小皿とカップを奪い取り音を立てさせないよう床に転がした。エウクランテ型は混乱しながらもイシュタルを認識し後方に跳びながら体勢を立て直す。 「貴方一体どうやって…いやそれよりも、貴方、マスターに何をしたの!?」 自分と大差ないストラーフ型の向こうに何倍も大きな人影が倒れていた。身動きどころか呻き声すらも上げないマスターの姿は否が応でも嫌なものを連想させ、それを振り払うように声を張り上げる。 「君のマスターは『君の仲間に』殺された」 イシュタルは嘘を吐くと同時にイシュタルはエウクランテ型に接近し押し倒した。首を絞めコアとCSCの接続を捩じり切る。 真実を教える必要は無い。大事なのは相手が全く想像していなかったことを言い放って、その意味を考えさせる事だ。一瞬の隙が致命傷に繋がる場において口先三寸ほど有効なものは無い。 電磁波を使ったレーダーで今のエウクランテ型の大声を聞き付けた人物は居ない事を確認する。 「マスターを苦しめた武器を私が使う事になるとは」 流石にボールペンは取り回しが悪いので物言わぬエウクランテ型からエウロスとゼピュロスを拝借した。そして誰にも見つからないように音を立てず隠れながら自分のCSCが発する電磁波の周波数も書き換え対神姫センサーにも引っ掛からないように移動。先ずは誰とも一緒に居ないムルメルティア型だ。 確か向こうの神姫には自分と同じストラーフ型が居た、それを利用させてもらおう。表情の違和から別の神姫だとばれないよう俯きながら如何にも悲しい事が起きた後の様な重い足取りでムルメルティア型が居る小部屋に侵入する。 「おぅ、ストラか。…どうした、またマスターに怒鳴られたのか?」 「そうなの…マスターが…」 ムルメルティア型は気付いていない。イシュタルはちょっと自分を褒めたくなった。それを抑えて可哀想なストラを演じながらも何も言わずにムルメルティア型の胸に飛び込む。 「しょうがない奴だなぁ。今から一緒にヂェリカンを飲もう。愚痴を聞いてやるから」 気の良いムルメルティア型の胸にそっと手の平を重ね、微弱な電気をエネルギー供給路に流し込み強制的に停止させた。 「おっと」 自我を失い崩れ落ちるムルメルティア型を床に降ろして胸のハッチを開きCSCに電磁波を利用したハッキングを仕掛ける。 手から発する電磁波の周波数を調整、イメージとして自分の手をクレイドルに、素体をパソコンに変えてムルメルティア型に自分のAIをインストール。セーフティを外す為に正規のセキリュティソフトが取り除かれていた御蔭で楽に侵入出来た。バックアップをクラックしオーバークロックを掛けてメモリに過負荷を与える。全てを書き換える必要は無い、とりあえず自分以外のものは全て倒すべき敵であると錯覚してもらえればいい。 エラー、バグ、メッセージ、レジストリの抵抗を一切踏み躙ってムルメルティア型のAIをそういう風に作り変える。自分一人で全てを倒すのは大変だが二人、それも敵の仲間を裏切らせたとなれば敵に対する衝撃は大きく殲滅作戦も遣り易くなる。 僅か五分足らずでハッキングを終え、再起動させらたムルメルティアの眼には光が無く、そこに居るのはイシュタルの命じられるがまま動く人形だった。 「派手に暴れて来い」 「了解、マスター」 ムルメルティア型には自分の武装を装着させてからリビングに向かわせ、その後ろをイシュタルは誰にも見つからないように隠れながらもついていく。 リビングでソファに腰掛けていた男は酒を飲んでいた。飲み始めてから随分経っているのかアルコールの臭いが充満していて自分の神姫を見る視線にも焦点が有っていない。直ぐ近くで起きた異変もそこに倒れている仲間の死体にも気付かずまだ大物を捕らえた達成感に酔っている。 「ぁー? 今日くらいはいいだろぉ、なんたって大物を捕まえたんだからなぁ」 酔いの所為かムルメルティア型に砲口を向けられても、それはただの威嚇だと思っていた。しかしその予想に反し3.5mm主砲は唸りを上げ徹甲弾が酒に蕩けた目玉を四散させる。 「ウギャァァアアアアアア!?」 自分のマスターの悲鳴を気にも留めずムルメルティア型は接近し鋼芯を叩き込んだ。元々最大級の火力を誇るそれは違法改造によって最早人を殺傷出来る凶器と同義であり易々と人肉を食い破って内臓に風穴を開ける。 血の噴水に床が汚され自らを赤く染め上げてもムルメルティア型は止まらない。生存本能に振り回された両腕を無視して人体に穴を開ける作業に没頭する。肝臓と腎臓が穿たれ激痛にのたうちまわり、とうとう左胸の上に標準が合わせられたところで、 「何やってるんだよ、ルーティ!」 悲鳴を聞いたストラーフ型の放ったウラガーンに妨害され玄関に居たフォートブラッグ型と紅緒型、洗濯機の前でアタフタしていたジュビジー型も駆けつけた。全員、只事ならぬ事態を感じ取っていたのか武装している。 「クレナイは田西さんとクウを呼んできて! 念の為、ユーは僕のマスターのところに!」 「心得た、直ぐに戻ってくる!」 「分かりました!」 ストラーフ型の指示によりジュビジー型はキッチンに向かい、紅緒型はイシュタルが居る方に向かい、残ったストラーフ型とフォートブラッグ型が暴れ回るムルメルティア型に応戦する。 イシュタルは壁の上に立つことで紅緒型から見つからないようにやり過ごし音も無く紅緒型の背後に降り立つと振り向かせる暇も与えず首を掴んで中の回路を捩じり切った。 残るは洗脳したムルメルティア型と戦っているストラーフ型とフォートブラッグ型と、キッチンから動こうとしない女性とそれを護るジュビジ―型。建物の中を調べられ自分達の犯罪行為の証拠を見つけられる事を恐れてか警察や救急車を呼ぶ気配は無い。それはイシュタルにとっても好都合な事なので恐怖で気が変わらない内に女性とジュビジー型から始末することにする。 「大丈夫ですよ、マスター。きっと畑野さんなら無事です…」 キッチンではジュビジーがリビングの惨劇を己のマスターに教え、慰めていた。女性は神姫達に任せれば大丈夫だからと自分はキッチンの隅で縮こまっていることを選んだようだ。キッチンの出入口から女性とジュビジー型の居る場所までは大分距離が有る。 ムルメルティア型にしたように仲間のストラーフ型の振りをして近付くことも考えたが、武装の有無から怪しまれるかもしれない。出入口からジュビジー型を操作することも出来るが遠距離から神姫を操るなると自分のバッテリーを大量に消費する上に命令から行動までにタイムラグが生じ女性を逃す可能性も有ると判断し真正面から堂々と忍び込んだ。 特に神姫であるジュビジー型には一瞬でも見られてはいけないので特にそれを気にしつつ少しづつ接近していく。勿論、リビングでの戦況の把握も忘れない。ムルメルティア型があっさり負けてしまわないよう祈りながらも物陰から物陰に移動し壁を這い蹲って天井を走り、数分掛けて何とか彼女達の真上の天井に立つ。 ゼピュロスを投げ一人と一体の視線がそちらを向いている内に落下、女性の首筋に着地して振り返りながらも一閃。エウロスの刃で頸椎を切断し、混乱と恐怖の中で絶命させた。 「なっ、貴方は…っ!?」 ジュビジー型の驚きを余所に問答無用でCSCを狙い突くも、エウロスは固い装甲に遮られる。 「無駄です!」 「そうかな」 ならばもう片手での正拳突きを繰り出した。これも装甲に止められたが問題は無い。拳から装甲を通してジュビジー型のCSCに電磁波を流し込むことで強制的に停止させ、今度こそCSCを貫いた。フィクションの拳法に頑強な鎧を着た相手に自分の気を通してダメージを与える鎧通しという技が存在する。神姫であるイシュタルは機械の動力である電気を気の代わりにすることで神姫流の鎧通しを編み出していた。 「さてと」 一人と一体を暗殺した後でもリビングでの戦いはまだ続いている。人間の方は皆殺し終えたのだからもう隠れる必要は無いと判断してイシュタルは堂々とリビングで姿を見せる。ムルメルティア型のオーナーだった男は出血多量で死んでいた。 「な、お前は…っ!」 ムルメルティア型は大分傷付けられていたが致命的という程でも無さそうだ。イシュタルは安心して近くに居た、又同型と言う理由でストラーフ型に襲い掛かる。エウロスの刃先を副腕で持ったグリーヴァで受け止め両手に持ったコートとコーシカで突き出された腕を斬り落そうと振り上げたがイシュタルは斬撃より一歩早く腕を引いて、ならばと繰り出された追撃の回し蹴りも脚が胴を捕らえると同時に衝撃と全く同じ方向に跳ぶ事で完全に威力を完全に殺しつつも距離を取った。 着地し無防備になったその瞬間を狙いフォートブラッグがイシュタルを狙撃しようとしたがムルメルティア型によって妨害される。操られた3.5mm主砲が仲間の足を引っ張った。 「くそっ、とっとと目を覚ませ! お前の相手は俺じゃねぇだろぉ!」 ストラーフ型がロークのガトリング銃口を突き付けた先にもうイシュタルはおらず、瞬間すぐ間近にまで迫っていた。放たれた拳がストラーフ型の胸に当たる寸前で副腕で受け止められるが、それなら副腕に触れる手から電気を流し込む。本来ならこのまま先のムルメルティア型、ジュビジー型と同じ運命を辿るはずだったストラーフ型は何と直感で嫌な気配を感じ取り電気がCSCに至る前に副腕を強制排除することで逃れた。 「ほぉ」 理由は分からないが、よくぞ破った、流石は自分と同型と口には出さないが自画自賛。自分の必殺技が破られたところで平静は揺るがない。イシュタルは蛇行しながら走ることでジーラヴルズイフの狙いを乱し格闘戦に持ち込んでエウロス一本でコートとコーシカの二刀流を相手に圧倒する。改造と非改造の性能差を埋めて凌駕する技術と経験の差がストラーフ型を追い詰めコーシカが弾き飛ばされた。大袈裟に距離を取ろうとしているストラーフ型をつまらなさそうに笑う。 「弱いな。そんなだから、自分のマスターさえ守れないんだ」 「…!」 平静を保とうとしていた感情の琴線がピクリと動いた。 「一体マスターに何をした!」 「殺した。そこに死体があるぞ、見てくるか?」 「…貴様ァァッァアア!」 まるで明日の天気でも話しているようなその口に目掛けて、過剰負荷を掛けてでも一瞬でブースターを最大出力にまで噴出させ防御も何も考えない特攻を仕掛ける。触れれば何もかもを壊してしまいそうな純粋な憤怒、確かにそれを真正面から受け止めるのは恐ろしいがそういうものほど折り易いものは無いことをイシュタルは知っていた。 だから身を屈めるだけでも容易く無防備な真横を取ることが出来、エウロスの切っ先でストラーフ型のCSCを貫く。 エウクランテ型を嵌めた時とは異なり今度は嘘を吐かなかった。不安は心を揺らがせ怒りは眼を曇らせる。言葉責めは戦闘の常套手段だ。尤も、スポーツマンシップに反するので公式の試合では使えないのが玉である。 兎にも角にも残るはフォートブラッグのみだがそれも直ぐに決着が着いた。 「くそっ、くそっ…くそぉおおっ!」 ムルメルティア型を盾にしたイシュタルに力押しで接近されフォートブラッグ型は成す術も無く殴り壊される。今際の断末魔がフォートブラッグに出来た唯一の抵抗だった。これでビルの中で動くものはイシュタルとムルメルティア型だけになる。そのムルメルティア型も自由意思は存在しないのだから実質はイシュタルのみ。 後始末をしなければならない。三人も殺せば自分の廃棄処分は免れない事は理解しているのでそうならないよう今の状況に細工を加える必要がある。 「止まれ」 「了解、マスター」 命令に従って自ら停止するムルメルティア型を再びハッキングし最後の役割を命じる。警察はこの殺人事件調査する際、真っ先に神姫のメモリを閲覧するだろう。それを見越してムルメルティア型のAIとメモリを「度重なる違法改造で狂ってしまった」と書き換えて、この惨劇の犯人に仕立て上げさせようとしていた。 やや苦しい言い訳だが上手く騙し通せる自信が有る。改竄された形跡を残さないと言い切れるのも有るが、何よりも証拠が無いからだ。神姫に指紋なんてものは無いし頭髪にしても同型が居る。電磁波を使ったソナーでカメラが無い事も確認済みで唯一の手掛かりは神姫の中身だけ。 そして最後にして決定的な証拠である自分自身の記憶でさえも問題は無い。ムルメルティア型のAIとメモリの書き換えを終えたイシュタルは最後の仕事として自分の胸元に手を置いた。「自分自身の心と記憶を書き換える」。ここでやったことの記憶を全て消せば自分はただの被害者であり人間を攻撃出来ないノーマルの神姫だ、オフィシャルもそれは疑わない。 薄れゆく意識、失っていく記憶、消えていく自我の中、殺人姫は満足げに微笑んだ。
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戦うことを忘れた武装神姫 その20 ・・・その19の続き・・・ フィーナの次のオーナーは・・・なんとティナのオーナーの、かえで。 CTaにティナのメンテナンスを頼んだ際に、フィーナの話を聞いたかえでは、 その場でフィーナを迎え入れたいと申し出たとか。 もっとも、この流れは CTaの計らいも少なからずあったようだが、リーダーの希望もあったらしい。 そして、リーダーは本名の「フィーナ」として、かえでの元で新たな生活を 始めていた。 「あーっ! リーダー! 元気してた?」 かえでの肩の上の「リーダー」に、リゼは久遠のポケットから顔を出し手を 振って応える。 「もう、リーダーじゃないですっ。 フィーナと呼びなさい!」 と、叱るフィーナの顔は、大変に穏やかな・・・笑顔だった。 その様子に、雑誌社の一人が気づき、カメラマンを含めた数人がやってきた。 色の濃い度付きスポーツグラスをしていた久遠だったが、あっさりとバレて しまった模様。 「・・・久遠さんですよね?すみませんがバイクを降りずに、そのスタイル の写真を撮らせていただけませんか。 それと、神姫の皆様はどちらにいま すか?」 久遠はちょっと苦笑いを浮かべるも、 「ウチの連中なら・・・ほら、ここに。」 とポケットを開くと、お揃いのゴーグルを着けたエルガ、シンメイ、イオ、 そしてリゼを、ハンドルやバーパッド部分に座らせた。 彼は、神姫たちに プレス連中の希望する希望するポーズを取らせる。もちろん、彼自身も。 「どうもありがとうございます、良い絵が撮れました!」 深々と頭を下げるプレス陣。 「今回の特集ページの表紙に、是非使わせて下さい!!」 「いや・・・そんな急に言われても・・・」 困惑する久遠に、フィーナが言った。 「良いのではないですか? 久遠さんは、今回の大会の主役でもあるのです から。 もっと堂々として下さい。」 「そ、そうなのか?」 「フィーナぁ、それはにゃーさんにはできないよー。 どうがんばっても、 いっつもでれんちょだもん。」 と、間髪入れずにエルガが言う。頷くシンメイ、リゼ、イオ。 その様子に かえでたちも、プレスも笑う。 場の雰囲気がさらに和む。。。 久遠とサイトウの対戦以降、久遠の言うところの「バトルの質」が向上した という。 神姫を持つ者に、神姫のバトルとは一体何なのか?・・・という 問いかけをした対戦にもなったようだ。 もちろん、M町のセンターも大きく雰囲気が変わった。 警察沙汰にもなったあの一件で、店長は相当立場が危なくなったようだが、 久遠の働きかけもあり、なんとか公認の看板は守り通した。 神姫に詳しく ないアルバイトはいなくなり、代わって学生時代から入り浸っていたような 良い意味で「濃い」連中が正社員や契約社員の形で入り、店内も大幅に改装 された。 また上の階に東杜田技研・HT-NEKの直営店が入店し、いつでも 気軽に立ち寄って相談できる場所となり、より一層人気のセンターとなって いった。。。 「なんだ、このポスターは。。。」 センターに入ろうとした久遠、ドアに張り出されたポスターに目が止まった。 あの時の「とつげきしゃもじ」エルガと「工臨壱式」シンメイが火花を散ら している、何とも不思議なスタイル。 真ん中に書かれた文字は- 、 <第1回 カッコイイ神姫選手権> 「うはっ、本当にこのタイトル使うとは思わなかったぞ。」 苦笑いする久遠を、店長が出迎えた。 「どうも、お待ちしていました。 皆さんお待ちかねですよ。」 ・・・この日、M町のセンターで開催されるイベント、それが「カッコイイ 神姫選手権」。 リゼが叫んだ、「カッコイイ神姫」は、一部の連中の間で かなりの流行になり、それならば、とM町の店長が久遠とCTaに働きかけ、 東杜田技研に協力を得て、さらには各メディアをも巻き込み、挙げ句は公式 のお墨付きまで付いた一大イベントに仕立ててしまったのだ。 「店長・・・やるときゃやるんですね。。。」 一歩踏み入れるや否や、久遠は想像を超えた店内の盛り上がりに、半ば呆れ つつも店長の行動力に驚きを隠せなかった。 「まぁね。 それなりのネットワークは持っているつもりだから。」 店長はそう言いながら、久遠にタイムテーブルの確認表を手渡した。内容を 確認する久遠の目が、オープニング部分でいきなり固まった。 カッコイイ神姫とはどんな神姫か? 戦い続ける神姫でも、 戦いを忘れた神姫でも、 仕事に就いている神姫でも、 誰もがカッコイイ神姫になれる。 集え、我こそはと思うカッコイイ神姫たち。 今ここで、神姫の新しい歴史の1ページを造ろう-。 「ちょ、ちょっと店長、これ俺が言うんですか?」 「そうだけど。」 目が点になる久遠に、事も無げに流す店長。 「誰がこんなこっぱずかしい台詞考えたんだっ!」 「あたしだよ。」 聞き飽きるほど聞き慣れた声と共に、久遠の後頭部をどつく人物。メイド姿 のDr.CTaが、久遠の背後に立っていた。 「二晩かかったんだぞ、このオープニングを考えるのに。」 「・・・。 勘弁してくれ、俺はそういうキャラクターじゃないっつーの。 それこそ、お前が言えや。」 「やだよ、こんな台詞。恥ずかしいもん。」 「・・・ハァ・・・。」 肩をガックリ落とし、ため息の久遠に、リゼが耳元にのぼって言った。 「なぁ、ヌシさん。どうせあたしらが初っ端でデモンストレーションをする だろ? それと絡めて、あたしたちが言ってやるよ。」 「そうか? じゃ、お願いしちゃおうかな〜。」 と言う久遠に、イオが顔を出して続けた。 「そのかわり、終わったら上で何か買って下さいね、全員に。」 なんか謀られた気がすると思いつつも、自分で言うよりはマシと考え直し、 さくさくと準備に取り掛かった。 この選手権はバトル型式ではない。 各オーナー、神姫が「カッコイイ」と 思うパフォーマンスを設けられた制限時間内で行い、審査してランキングを するだけ。 審査員にはそうそうたるメンバーが並ぶ。 エルゴの店長や、 東杜田技研の社長、本名を明かさないと言う契約で神姫開発者も一人招いた とも。 そして、審査委員長に・・・なんと久遠。彼の神姫たちも、4人で 一人の扱いではあるが審査員に名を連ねていた。もちろん。CTaも審査員に なっている。。。 エントリー期間はわずか数日間だったにもかかわらず、相当数の応募があり、 事前審査を行うほどであった。事前審査を経て厳選された十数組が、普段は バトルで使われるフィールドを舞台として用い、歌に踊りに模擬戦に、果て はマスターをも絡めたお笑いまで、何でもアリの展開がなされるであろう。 カッコイイに、形はないのだから・・・。 やがて、選手権の開会時刻に。 司会・進行は、店長の神姫、白子のアスタ と兎子のコリン。 2人とも、見事なまでの司会者スタイル。審査員に続い て選手が入場し、ギャラリーが拍手で迎える。 生活感あふれるスタイル、オーナーの持つみかんの段ボール箱に入って入場 する神姫あり。オーナーが操縦するラジコンヘリに乗り、BGMまで用意して 派手に入場する神姫あり。オーナーと同じ姿、すなわちお揃いのコスプレを した神姫も。。。 その中に、かえでの姿があった。 おもしろ半分で応募したところ、見事に 選出されてしまい、選手として参加することになってしまったのだ。 当初 は乗り気でなかったフィーナだったが、かえでの熱意に負けてティナと共に 出ることにした。 PDA状態のティナと、戦闘のプロのフィーナが、高校生 オーナーのかえでと、どんなかっこよさを見せてくれるのか- 。 「それでは・・・名誉カッコイイ神姫の入場ですっ!!」 コリンの声で、最後に久遠たちが入場する。 彼は神姫たちにいちばん好評だったオフ車乗りのスタイルのまま登場。 神姫たちも、それぞれにカッコイイと思うスタイルで、久遠の肩や手に乗り、 堂々と入場。 エルガは、新調した特製バトル用ホワイトエプロンにおたま。 シンメイは、工臨壱式スタイルで、6mmレンチを背中に付けて。 イオは、あの時と同じ装備をより一層軽快にしたモードでフワフワと。 リゼは・・・マイクスタンドをくくりつけたサブパワーユニットを手に。 ギャラリーから、より一層大きな拍手がわき起こる。 フィールドに歩み寄る久遠。 そこには、ちいさな舞台がスポットライトで 照らし出されている。 彼は神姫たちをフィールドに乗せた。舞台上に上が る4人。 それぞれの考える「カッコイイ」姿をそれぞれのパフォーマンス で魅せる、このイベントの目玉の一つが始まろうとしていた。 舞台の真ん中に立ったリゼは、くくりつけたマイクを外し、オリジナル曲を アカペラで歌った。 美声に静まり返る店内。 歌い上げたリゼはパワーユニットを背負うと、3人に目で合図を送る。 エルガ、シンメイ、イオ、そしてリゼの4人は、それぞれにスタイルを決め、 あの台詞が静まり返った店内に響き渡った。 「カッコイイ神姫とは、どんな神姫か?」 変わらぬ毎日の中でも、自らを常に磨き続ける神姫がいる。 何気ない日常の中で、「カッコイイ」を目指す神姫がいる。 武装神姫であるために、目指すものがあり、忘れないものがある。 そう、ここにいるのは、戦いを忘れず、戦うことを忘れた武装神姫。。。 ・・・ 第2部「What s Battle style? -It s my Life style.」 了 ・・・ <その19 へ戻る< <<トップ へ戻る<<